2025年6月3日、日本プロ野球界の象徴的存在である長嶋茂雄さんが、肺炎のため東京都内の病院で逝去されました。享年89歳でした。読売ジャイアンツの終身名誉監督として、また「ミスタープロ野球」として親しまれた長嶋さんの訃報は、多くの人々に深い悲しみをもたらしています。
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長嶋茂雄さんの功績
1958年に読売ジャイアンツに入団した長嶋さんは、通算2471安打、444本塁打、1522打点、打率.305という輝かしい成績を残しました。1974年の引退試合では「我が巨人軍は永久に不滅です」という名言を残し、翌年からは監督としてチームを2度日本一に導きました。2001年には終身名誉監督に就任し、長年にわたり球界に貢献されました。
長男・一茂さんとの確執
長嶋茂雄さんと長男・一茂さんとの間には、長年にわたる確執があったと報じられています。主な要因として、以下の点が挙げられます。
商標権を巡る問題
2009年、一茂さんが代表を務める「ナガシマ企画」が、父・茂雄さんの名前である「長嶋茂雄」の商標登録を取得しました。これに対し、茂雄さんは自らの肖像権や商標権の管理を、次女・三奈さんが代表を務める「オフィス・エヌ」に移行する旨を通知し、一茂さんを関連ビジネスから排除する形となりました。
家族間の確執と関係の悪化
一茂さんは、父親や妹・三奈さんとの関係が悪化し、特に妹との間には深い確執があるとされています。また、母・亜希子さんの死後、茂雄さんの身の回りの世話をしていた義理の妹(叔母)の存在が、家族関係をさらに複雑にしたと報じられています。
絶縁状態の継続
一茂さんは、2021年のエッセイで「父とは13年会っていない」「生きているうちに父と会うことは、もう二度とないだろう」と述べており、長期間にわたる絶縁状態が続いていることが明らかになっています。
まとめ
- 長嶋茂雄さんは2025年6月3日に肺炎のため逝去。享年89歳。
- 長男・一茂さんとの間には、商標権や家族間の確執を巡る問題があり、長年にわたる絶縁状態が続いていた。
長嶋茂雄さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。